Sunday, November 4, 2018

黒部川見学

こんにちは.学部4年の西原です.

10/28,29に川崎先生と川崎グループ所属の5人で,関西電力のご協力のもと現地見学を行いました.今年の9月からグループに加わったChauthuriさん,Sardorさんにとっては初めての現地見学となり,私にとっても初めての黒部川訪問となりました.

北陸新幹線
1日目は北陸新幹線で黒部宇奈月温泉駅まで行ってから,富山地方鉄道に乗り換えて宇奈月温泉駅まで行き,宇奈月温泉の旅館で1泊しました.今回宿泊した旅館は,先生がお世話になっている方とつながりがあるらしく,手厚い歓迎を受け地元料理と地元の名酒をごちそうしていただきました.日本の伝統料理は初めてだというSardorさんも美味しそうに食べていて,安心しました.
地元・富山の魚介料理

翌日,まず宇奈月駅からトロッコに乗り欅平駅まで向かいました.私たちで乗ったのは工事車両で関西電力の関係者のみが乗車していたのですが,10両繋いでいる車両が満席で驚きました.さらに線路沿いには冬季に線路が冠雪しても上流部に行けるように冬季歩道が整備されていて,冬には毎日「逓送さん」と呼ばれる人がダム管理所に物資を供給するのだと聞いて,黒部川の環境の過酷さと,発電所を守り続ける職員の気概を感じることができました.
黒部峡谷鉄道は一般の旅客輸送も行っていて欅平までは行くことができます.2024年には欅平~黒部ダムルートが一般開放されるという話もあるので楽しみです.
黒部峡谷鉄道のトロッコ
欅平駅に到着すると,線路はトンネル内に入り,これより上流は一般の人は立ち入ることができない区域となります.私たちはトロッコを乗り換え,欅平上部駅から黒部第四発電所駅まで向かいました.
その途中,高熱隧道と呼ばれる岩盤が熱を帯びているエリアを通過しました.このエリアに関するエピソードは『高熱隧道』というノンフィクション小説にまとめられているそうで,時間があるときに一読してみようと思いました.
また仙人谷ダムもこの途中で通過しました.人気の全くしない峡谷に忽然とあるダム.後ろには所狭しと並ぶ紅葉した樹木.まさに仙人が出てきそうなこの幻想的な風景を見て,黒部に魅せられた,という当時の工事関係者の発言の意味が少し分かったような気がしました.
仙人谷ダム
黒部第四発電所を見学した後はインクライン,バスを乗り継いで黒部ダムを訪問しました.黒部ダムは発電所が点検のため停止しているおかげで本来は行っていない観光放流を行っており,そして今回は特別にキャットウォークから間近でその放流を見ることができてとても貴重な体験となりました.昼食はもちろんダムカレー!
ダムカレー
今回の現地見学では黒部川水系の上流にあるダム群や発電所群を全て見ることができました.私の卒業論文のテーマには黒部川のダム操作に関するものが含まれているため,堆砂の状況であったり運用に関する様々な制約条件であったりを五感で感じることができ,研究に対するモチベーションを上げることができ,少しでも貢献したいという思いを強くしました.
最後に,このような機会を作っていただいた関西電力の関係者の方々にこの場を借りて感謝を申し上げます.

Tuesday, October 30, 2018

Field Visit to Kurobe River Basin

This is Abdul Moiz, D2 Student from Kawasaki Research Group. Today I'll be writing about our group's field visit to Kurobe River Basin in Toyama Prefecture. This field visit was particularly important for my research as well as Nishihara-san's research. Kurobe River Basin has a cascade of hydropower dams located at very high elevations in the steep Kurobe Valley.

After traveling from Tokyo Station to Kurobe Station via the Hokuriku Shinkansen on 28th Oct, we took the local train from Shin-Kurobe Station to Kurobe Onazuki Onsen Station, a place quite popular for its hot springs ('Onsen') as the name suggests. Immediately after exiting the station we saw a steaming fountain of hot spring water.

Fountain of hot spring water
After staying at the hotel overnight, we left very early the next morning to catch the Kurobe Kyokoku Tetsudou Railway at Unazuki Station. This train seemed quite different from other trains as the cabins very smaller than usual and most of the passengers were probably workers commuting to the upstream areas for work.
Kurobe Kyokoku Tetsudou Railway
The path from Unazuki Station to Keyakidaira Station (the last station) had a lot of tunnels. However, the part that didn't have any tunnels was indeed very scenic. Although, taking photos was pretty difficult due to the many tunnels. It was very interesting to see that in winter this railway is not operational and workers usually have to walk all the way to upstream using a special path called the 'Winter Path'. This path goes through a tunnel.
Winter Path
After arriving at Keyakidaira and walking through several tunnels, we changed to another train with even smaller cabins. The track for this train, however, almost entirely passed through tunnels and at some points, in the tunnels, the temperature became very high due to the volcanic activity in these mountains.
Train to Kurobe Power Plant No. 4
However, the train exited the tunnel while passing over a bridge and we saw a very amazing view of Sennindani Dam (downstream of Kurobe Dam). Because of the large sediment inflow in this basin, this dam is filled with a lot of sediments and hence has very limited storage for regulation.
Sennindani Dam
Downstream View
After arriving at Kurobe Power Plant No. 4 (in short known as 'Kuroyon'), we were shown a short documentary along with a tour of the facility. The facility was not operational at the moment due to maintenance activities, however, we were able to get a good view of the turbines and generators.
Group Photo at Kuroyon
After a tour of the facility, we took an incline to travel from Kuroyon to Kurobe Dam. This was my first time using such a mode of transportation.
Incline from Kuroyon to Kurobe Dam
After traveling through so many tunnels since morning, the view of the Kurobe Valley was indeed a sight for sore eyes. The spray of water from the dam's valves created the perfect conditions for a rainbow.
Kurobe Valley
However, aside from the mesmerizing view, what was even more interesting for me (from the viewpoint of my research) was to see patches of snowfall far of in the distance at high elevations. It seems that the temperature in Kurobe Basin changes very drastically due to the elevation differences.
Group Photo at Kurobe Dam
The construction of Kurobe Dam at such a high elevation and in such a challenging terrain must have been quite a difficult task and is indeed a miracle of civil engineering (as one can imagine). It comes as no surprise that like many other famous dams in the world, a lot of workers had to sacrifice their li lives to make this project a reality. A memorial has been established at Kurobe Dam to remember their sacrifice. We paid our respects at the memorial
Memorial at Kurobe Dam
Finally, we took a Trolley Bus (connected to electric cables at the top) to Oogisawa Station. It was my first time riding one and since this specific bus will be replaced by regular buses from next year, I guess this was also my last time, at least to ride this specific bus.

This field visit gave me a view of the actual situation in my target study area and it was indeed very valuable since I couldn't get such a chance during my Master's Degree research.


I'm very thankful to Kansai Electric Power Company for making this field visit possible for us.

Monday, October 8, 2018

WSSF@福岡


こんにちは!M1の下村です。二回目の投稿です。
8月のミャンマーに引き続き、9月26~28日の三日間、World Social Science Forum(WSSF)に参加させていただきました。

フォーラムの会場です!三日間ともいい天気
 様々なプログラムがある中で、’poverty’, ’disaster risk reduction’, ’GIS’など自身の研究と関連したキーワードが含まれているセッションに参加しました。WSSFの発表全体を通じて、社会基盤と社会科学とでは問題の捉え方や解決法が大きく異なることを実感しました。社会基盤のアプローチとしては、物事を大きくとらえ枠組みの策定である一方、社会科学では多くが住民などステークホルダーとワークショップを開催するなど一体となってアプローチしている印象を受けました。

ポスターセッションの様子
またフォーラムでは、先生方の発表だけでなく、主に世界中の学生によるポスターセッションも行われていましたが、そこで少し嬉しい出会いがありました。
私は現在「貧困と洪水の関係」をテーマとして研究を進めようとしています。WSSFでは自然災害や貧困に関する研究は数多くあったのですが、「自然災害とジェンダー」、「自然災害と看護」や「貧困と環境破壊」など分野の統合の仕方は様々でした。そこで「南アフリカにおいて貧困問題を考慮した洪水マップの作成」という私の研究にとても類似したポスターがあり、その作成者とも話すことができました。私は対象を勝手にアメリカ大陸やアジアに絞っていたのですが、アフリカという思いがけない地域で同様の研究が行われていることが新鮮でした。なお私はGISにより貧困と洪水の関係について分析しようとしていましたが、彼らはGISの解像度が課題だと感じ、ドローンを用いて「生きた地図」の作成を試みているそうです。川崎グループに所属していることもありGISを使うことを当然のように受け入れていましたが、「どういう分析をするために、どのツールを使うか」という主体性が欠けていたなと感じました。
ポスターセッションではこのように、実際に作成者と話し質問もできるという点でとても充実した時間でした。

以上のように、フォーラムを通じて世の中には様々な研究が存在しており、現在私が取り組む課題はその一つにすぎずかつそのアプローチも数ある中で文献調査やGISをツールとして選択しているにすぎないのだと実感しました。今後研究を進めていく中で、自身が用いるツールの利点・欠点を把握し、それらをどのように活用・克服していくかも考える必要があると感じました。

とても豪華なバンケット

最後になりますが、Banquetの様子を載せます。とても写真が下手ですが…
始めてBanquetというものに出席したのですが、今回はなんとホテル日航で開催されたので、とても豪華!おいしい食事!たくさん学んでたくさん食べた三日間でした。



Monday, October 1, 2018

現地調査@バゴー&ヤンゴン


こんにちは!B4の奥田です。
先日ミャンマー現地調査を行ったのでそのときの様子を紹介します。
今回の調査では、バゴーにおいて海岸研の方たちと一緒にボアの観測をし、ヤンゴンにおいて貧困地域での聞き取り調査を行いました。
ボアとは大潮の際に海から河川へ逆流が起こる現象のことです。今回調査に行った地域ではボアによる浸食が大きな問題となっていました。観測場所へ行くためには車とボートを乗り継ぎ、さらにそこから田んぼの中を歩くというハードな道のりでした。
まるでジャングルクルーズのようでした

転倒して機材を水の中に落とさないように慎重に歩きました

ボアの様子

ボアの観測後は、集落でのドローンの撮影と住民への聞き取り調査を行いました。住民の方々からはボアによる浸食の影響で何度も引っ越しを繰り返してきたという話や浸食が起こる前の集落の様子などについて聞くことができました。また、ドローンの撮影の際には集落の子供たちが大勢集まってきて珍しそうに撮影の様子を見ていました。
ドローンの撮影の様子を見ている現地の子供たち

ヤンゴンでは貧困地域において聞き取り調査を行いました。下の写真は鉄道の線路のすぐわきの土地を不法に占拠して暮らしている人へ聞き取り調査をしている様子です。ヤンゴンはミャンマー最大の都市なので仕事を求めて多くの人が地方からやってきます。しかしながら、家賃が高いため貧困層の人々は家を借りることができず、結果としてこのような場所に住むことになってしまっています。
不法占拠者への聞き取り調査
上の写真の地域以外にも聞き取り調査を行いましたが、やはりもともと住んでいた場所では仕事がないため引っ越してきたという人が多かったです。今後ミャンマーが発展していくとともに、貧富の差はさらに拡大していき、仕事を求めてヤンゴンへやってくる人の数はますます増えるのではないかと思われます。不法な土地にたくさんの人が住み着いてしまうとそこから退去させるのは非常に大変なので、問題がさらに深刻化する前に対策がとられる必要があると感じました。
また、ヤンゴンは日本と比べても遜色がないほど発展している地域がある反面、今回訪れたような貧困地域もあり、バゴーと比べて貧富の差が非常に大きいと感じました。このような問題に対して自分の研究が少しでも助けとなるように今後の研究を頑張っていこうと思います!

Wednesday, September 26, 2018

現地調査@ミャンマー

B4の西原です.
先日行われたミャンマーで現地調査に同行したので,その様子を紹介します.

今回の調査の目的は,ヤンゴン工科大学(YTU)の学生およびミャンマー運輸・通信省 水資源・河川系開発局 (DWIR)の職員とともに,シッタン川河口部の住民への生活実態の聞き取り調査,ドローンでの空中からの画像の撮影,およびヤンゴン市内の貧困地区での生活実態のアンケート調査を行うことでした.
雨季にもかかわらず天候に恵まれて調査を遂行できたのは幸運でした.

・シッタン川観測のようす
8時にバゴー出発.途中で車からボートに乗り換え,さらにボートを降りてから30分ほど田んぼのなかを歩いて,合計3時間半かけてシッタン川の河口部に到着.
今日の主な調査の目的は,シッタン川河口部で見られる「ボア」とよばれる遡上現象の観測である.今日は大潮にあたり,また観測予定時刻も15時とちょうど良い時間に当たるため,天候が良好であったのを含めて絶好の観測日和となった.
狭いボートに乗ってシッタン川河口を目指す
ぬかるみを避けながら道なき道を進む

川崎グループは集落のヒアリングを行う予定だったが,今回たどり着いた河口部は集落がなかったので断念してドローンで上空から集落の様子を撮影することを試みた.
現地の子どもたちも興味津々
午後3時過ぎ,不気味な音とともにボアが発生してて一気に水位が上昇.10分も立たないうちに景色が一変した.
シッタン川のボア

翌日は,海岸研が設置した水圧計を回収した後に別の場所でボアの観測を行った.
学校の正門だった場所.写真右側に人の住む土地はない

河口部の住民の聞き取り調査

・バゴー現地調査の感想
ボアによって沿岸浸食がとてつもない速さで進むため,住民は農地の放棄と移転を余儀なくされる.先生の聞き込みによると12日に通った地域の最前線の集落は,1か月前に移転してきたものだそう.この沿岸浸食はどのくらいの速さで進むのか,またどこまで浸食が進むのかは今回同行した海岸研の赤松さんの研究にお任せしたい.
ところでボアの凄まじさを見たことによる感動とは別に,私は最前線の集落に住む子どもたちの純粋さであったり明るさにも心を動かされた.そこから,定住し経済的に多少豊かになった集団の方が水災害への脆弱性やそこから導かれる幸福度の下がり方が大きいのではないかという仮説を立てた.もちろん貧困の定義は難しく,まして幸福度は個人によって異なるものであるが,少なくとも水災害への脆弱性という観点からは,何も見ずに聞き伝えの記憶だけで低収入=貧困という定式だけでくくる行為は神のみぞ知る真実には近づかないのではないかと思った.これも実際に地元の住民と顔を合わせたから分かったことであり,改めて現地に赴くことの重要性を感じることができた.

・ヤンゴン貧困地帯の調査の感想
ヤンゴンでは川沿いの不法住居群で聞き取り調査を行った.そこでは洪水が日常になっている世界があり,住民もさほど気にしていない様子がうかがえた.それを見て,先述のシッタン川河口部の住民と同じように少し経済的に豊かになり外部との接触が行われたり洪水に対する経済損失が大きくなったりしたときに,「人生を選択できない貧困」に気づかされるのではないかという思いを強くし,否応なく外部世界を取り込んでいく現代社会の負の側面に改めて気づかされ,河川のことを研究する一学生として何らかの形で貢献したいという思いを強くした.
ヤンゴンの貧困地区.道路にはゴミが散乱し衛生的によくない場所で少年が危険労働に勤しんでいる.

また,アンケート調査に初めて同行してみて,人間の生のデータをとることの困難さを知ることができたのも大きな収穫だったと思う.情報網が広がり世界中どこからでもデータを取得できる現在の社会においては,ややもすると膨大なデータ量に溺れてしまいがちでデータに有り難みを感じることはなくなってしまったが,対象地に住む人の出自やどのように思いながら暮らしているかをアンケートによって明らかにすることは研究を進める上で非常に重要な前提知識となりそれは自分の足で得なくてはいけないことを再認識することができた.

以上に上げた事実は情報として知識として何となく自分の頭のなかにあったのだが,実際に現地で見て改めて事実として受け取ると価値観を変えうるほどのインパクトがあった.まさに百聞は一見に如かずであり,現地に赴くことの重要性を再確認できた.

私の卒論研究はミャンマーとは直接関係ないものだが,今回の調査に同行してミャンマーをはじめとする途上国が抱える水問題を身近に感じることができたと思う.


Saturday, September 22, 2018

野坂昭如、土木工学科との不思議なご縁


 今年1月、「高橋裕先生の卆寿をお祝いする会」が如水会館にて開催され、私も参加させていただきました。それに合わせて、高橋先生への思い出を冊子体として取りまとめることになりましたので、僭越ながら私も以下の文章を寄稿させていただきました。


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東京大学・社会基盤学科 川崎昭如

 2015518日、高橋裕先生の日本国際賞受賞の記念講演会・祝賀会が一ツ橋の日本教育会館で開催されました。私はその日、高橋先生をお出迎えするため、等々力のご自宅をお伺いし、ご自宅の穴太積みの石垣と雨水貯留システムを高橋先生直々にご紹介いただいた後、タクシーに同乗し会場に向かいました。

穴太積みの石垣
 私はその時初めて高橋先生にお会いしましたため、タクシー車内で高橋先生から私の名前の由来を聞かれ、「私の父が作家・作詞家の野坂昭如(あきゆき)のファンだったので。」と回答したところ、「彼の父の野坂相如(すけゆき)は、東京帝国大学工学部土木工学科の大正12年の卒業生で、卒業後は東京の地下鉄建設計画や横浜の都市計画に従事した後、富山県の土木課長、新潟県の土木部長を務めた立派な土木技術者ですよ。その後、新潟県で技官として全国初の副知事になり、県知事選挙にも立候補しました(落選)。」と教えてくださりました。

 その数日後、闘病のため入院していた私の父に、高橋先生から教わったことを伝えたところ、「(えっ、本当?そうなんだ)」と言わんばかりの驚きの表情を見せ、その後、とても喜んだ顔をしていました。

 3週間後の610日、私の父は亡くなりました。野坂相如氏のことを父に伝えたとき、父は喉を摘出しており、かつ文字を書くのが難しい状態だったので、何を思ったかは分かりませんが、自分の息子が野坂昭如氏の父親が卒業した学科の教員になったという不思議な縁に、大きな喜びを感じていたことと思います。その時の満足げな父の表情は、今も私の脳裏に残っております。

 高橋先生の土木技術者に対する広大で深い知識と抜群の記憶力のお陰で、私自身が知らなかった自らの名前の由来である野坂昭如氏とその父の相如氏、そして東大土木工学科とのご縁を知ることができ、それを生前の父に伝えることができました。心から御礼を申し上げます。

 私の個人的な話に終始してしまい恐縮ですが、高橋裕先生におきましては、卒寿おめでとうございます。まだまだ高橋先生から教えていただきこと、ご指導いただきたいことが沢山あります。高橋先生の引き続きのご活躍とご健康を心からお祈り申し上げます。
高橋裕先生と(2015年5月撮影)。