Monday, March 27, 2017

ミャンマー滞在2/4(ハガ)

ミンガラ-バ 
B4のハガです。前回に引き続きミャンマー滞在の模様をお伝えします。今回の記事は半分ほどミャンマーで書いた後、帰国後に仕上げました。
今回は2月21日ー28日の出来事を中心に扱いますが、まずは前回書き残したシャツ購入についてのエピソードから


シャツ購入
まずは前回(1/4)で述べたシャツの購入について

水質調査の際に東北大学の小森先生から「調査は長袖長ズボンが良い」とのお話を伺い、汚れても良い長袖を持っていなかった僕は、現地で長袖シャツを購入することにしました。
現地のスーパーに入ってシャツを売っているコーナーにいくと、2種類のシャツがおいておありました。一つは7100チャット(574円)、もう一つは7500チャット(607円)でした。何か違いがあるかとパッケージを確認しても何も違いがありません。そこで安いほうを購入することに。

店をでて「長袖を買ってきた!」と中身をだすと、まさかの半袖シャツ。
7100チャットのシャツのパッケージ
どうみても長袖(怒)
このパッケージを見てください!どうみても長袖。僕が勘違いするのも無理はありませんね。
その後店員と返品交渉をしてみました。最初に声をかけた店員の方は、上の人を連れてきてくれその人と交渉しましたが、返事は否。その後400チャット払うから長袖に交換してほしいとねばると、もう一つ上の人に聞きにいってくれました。ですが、バーコードの違う商品に交換は出来ないといわれてしまいました。結局僕は7500チャットの長袖を追加で買うことに。トホホ

その後数日間、7500チャットの長袖をきて調査に参加したわけですが、周りを見回すと半分ほどが半袖で調査を行っているではないですか。
私は、何のためにシャツを買ったのでしょうか。

SATREPS関係の残り
水質調査はもともと2/21までの予定でしたが順調に調査が進んだため2/20に完了し、
21日は海岸研メンバーによる水位計設置に同行させていただきました。
水位計設置個所付近に見られた、劣化したコンクリート


22日はSATREPSゼミです。YTUから10名の学生がプレゼンを行い、東大など日本の大学の先生方からコメント・質問・アドバイスを受けるのが目的です。
正直エアコンが効きすぎていて体調を崩しかけましたが、ちょうど半ばほどで停電によりエアコンが止まってくれたおかげでなんとか助かりました。停電にも良い面があるとはね。
美味しいディナーが準備されていたようですが、体調がすぐれず全員のプレゼンが終わった直後引上げさせていただきました。
次は是非おいしいディナーにあずかりたいです。


2月24日
高速インターネットが使える店があるという情報を発見し、チーミンダイブーダー(ブーダーは駅)側にある「まごのて」というお店に行ってきました。ネットカフェから飲食を抜いたような業態です。
オーナーはかつて日本に住んでいらした方で、日本語も堪能です。




2月25日 プールで泳ぐ
初日にBoboと一緒に出迎えに来てくれた彼のいとこと、その友達に連れられて3人でスイミングに行きました。入場料2000チャットとロッカー使用料1000チャットの合計3000チャットでした。値段はまあまあでしょうか。
感想:「水が濁っていて泳ぎづらい」ということにつきます。
少し飲んでしまいましたがお腹は平気だったので清潔ではあると思います。しかし濁りが...視界50㎝ほどでしょうか。
一度ほかの人とぶつかりました(笑)

泳いだプール
プールで泳いだ後、3人でミャンマースナックを食べながらインヤー湖畔でビールをグビグビ。至福とはこのこと。

2月25日ー2月28日 ミャンマー中部へ旅行

その後YTUに戻りミャンマー中部旅行の準備です。旅行の行程は以下のようになりました。
2月25日 21:30 ヤンゴン発(夜行バス)
2月26日 6:30   マンダレー着 
        アマラプラ・マンダレー市内観光
        マンダレーヒルから日の入りを望む
        マンダレー泊

2月27日    ザガイン・インワ観光
     17:00  マンダレー発(夜行列車)
2月28日  8:00   ヤンゴン着

バス・鉄道のチケットは事前に旅行会社を通じて手配したのですが、今回利用したのはどちらも最高クラス。
旅行会社への手数料も含め40ドルとミャンマーにしては中々高めの旅行でした。
バスは良いよと様々な方から評判を聞いていたので期待していましたが、期待以上でした。
車内は1+2の3列シートで、しかも各座席にはモニターが付いており映画などが楽しめるようになっています。
3軸のバスねえ



びっくりしたのは言語
Englishと中文の2つしかありません。ミャンマー国内のバスなのにミャンマー語がないとは!!!
ですが周りを見渡しても現地人はほとんどいません。欧米系のグループ、中国人、シンガポール人っぽいカップルなどなど。
日本人は多分僕一人でした。

地球の歩き方にはマンダレーには9時ころつくと書いてあったのですが、朝6時過ぎにはついてしまいました。ミャンマーは変化が速いので、地球の歩き方の説明と違う点が数多くあるのです。ヤンゴンーマンダレー間の所要時間はだいぶ短くなっています。
マンダレー南部アマプラのウ・ベインブリッジ

マンダレー西部を流れるエーヤワディー川
エーヤワディー川を見に行ったのですが中州があり、対岸までの距離はよくわかりませんでした。まだまだ水運の果たす役割は大きいようですね。

マンダレーヒル参道脇にある戦没者慰霊碑

マンダレーヒルから見た日没


2月27日はマンダレー郊外のザガイン・インワを訪れました。両都市ともかつて都になったこともある街で、特にザガインはザガイン地方域の州都の地位にありますが、繁栄の面影はほとんど残っていません。
エーヤワディー川を渡るとザガイン

ザガインにいきあるパヤーを訪れたとき、現地の若いお坊さんから話しかけられました。年を聞くと16歳とのこと。
英語を習っているとのことで、英語を流暢に操っていました。僕の16歳の頃を振り返ると、英会話は全くできなかった気がします。
本当に勤勉で意欲にあふれたお坊さんでした。そして話をしていると、そのお坊さんの友達という大学生が現れました。驚いたことに、その大学生のおじさんは日本で仕事をしているとか。


 ミャンマーに滞在していて時々感じるのですが、日本在住経験があったり友人・親戚が日本で働いているというミャンマー人によく出会いました。これは意外でした。
 中にはかつてビルマ難民として日本に滞在を余儀なくされた人もいるのでしょうが、近年はビジネス・仕事で日本に滞在している方が多いようですね。

ザガインでは火傷しました。(全治2週間)

インワの崩れたパヤー(仏塔)
インワにはのどかな風景の中に様々なパヤーが残っているのですが、地震によって壊れてしまっているものもあります。上の写真はその一つ。ここで転び擦り傷を負いました。

お待ちかねの夜行列車の旅。
評判は最悪でした。(寝台車にのると)安くないうえに、遅い、揺れるなど。
確かに揺れるのですが、僕の事前予想が相当悪かったおかげか、それほど苦痛ではありませんでした。でも1回でお腹いっぱいです。

今回のミャンマー滞在中、本格的に遠出したのはこの一回だけでした。ですがヤンゴンとは異なるマンダレーの街並みを見れ、さらに様々な風景を楽しむことができとても満足しています。

次回の滞在記(3/4)ではバゴー市内の水害常襲地域踏査、川崎グループの4人の来緬後のエピソードなどをお伝えします!
 

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